2015年10月31日

洪武帝 地盤固めには功臣の権力を殺ぐため粛清を強化 


洪武帝(太祖 名は朱元璋)の治世(1368年 - 1398年)には
    空印の案(1376年)
    胡惟庸の獄(1380年)
    郭桓の案(1385年)
    林賢事件(1386年)
    李善長の獄(1390年)
    藍玉の獄(1393年)
という一連の事件で関係者の大粛清が行われた。

 この事件による犠牲者は、合わせて十数万人に及んだとも言われている。

 林賢事件と李善長の獄は
   胡惟庸の獄
で処断できなかった与党を追求するため洪武帝が思いついて行われたもの。

 いわば胡惟庸の獄を蒸し返して、起こされた事件である。

 そもそも胡惟庸や藍玉は、それぞれ謀叛を計画していたとされ
   空印の案
や郭桓は役人の不正を追及するためという名目があった。

 しかし、裏付けとなる証拠などは明らかなものもなく、いずれの件もほとんど取り調べが行われないまま、関係者が即時処刑されている。


 なお、各事件の疑惑の根拠となった造反計画や不正については、朝廷による取り調べの結果が詳細に公的記録に残されている。
 ただ、これらは洪武帝側による捏造の可能性が高いものであり、本当に反逆計画や不正があったとの確証はない。

 こうした一連の事件の背景には、洪武帝の血脈を断つことがないように皇帝独裁体制を維持・推進させるといった洪武帝の思惑があったとされる。

 
 洪武帝は建国前、金陵(のち応天府と改名)を拠点として元末の群雄割拠の争いを制した。

 江南地区の地主・知識人層の支持を基盤として政権を作ったため、新しい明朝政権には南人地主出身の官僚が多く参画していた。

 このため、新王朝で皇帝権力を強化しようとする洪武帝は王朝の成立に私財や軍事的貢献した褒美として与えた既得権益を固守する江南地主の勢力を抑制しようと様々な施策を行った。

 しかし、はかばかしい効果を得られなかった。

 洪武帝と同じ安徽省出身の側近勢力も
   「建国の功臣」
として重んじられた。

 善政を続けることで地位や名声が高まり、権利等を利用して私腹を肥やしたり、制度的・軍事的に皇帝の権力を脅かす者が出かねない状態にあった。


 洪武帝は江南地主や功臣の勢力を一掃して財力や軍事力を奪い取り、権力を自分に集中させるため、粛清という手段に訴えた。
 ただ、支配力の弱まった元朝を見限り、自らの既得権益を守る保護者を必要としたために洪武帝の天下取りに協力しただけであった。


 また胡惟庸や林賢を利用して、当時洪武帝が手を焼いていた
   倭寇の黒幕
と見なしていた室町幕府との勘合貿易などを断交するための手段とするなど、外交面でもこれらの事件を活用した。 




ひとこと

 中国の王朝の勃興は社会の乱れが起きたのちの大混乱時代を経て力で奪い取って成立してきた。

 政府が安定すれば激烈な闘争時代に有能な武将は邪魔になり淘汰されるのため、大きな歪を生み出し、内部に隠すような流れが出来ている。

  



    

 
  

       






          
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建文帝(けんぶんてい) 明朝の第2代皇帝


建文帝(けんぶんてい)

 明朝の第2代皇帝で諱は允炆(いんぶん)

 靖難の変により
   永楽帝
に帝位を簒奪された。

 そのため、明代には皇帝としての在位が否定されていた。

 なお、日本ではその在位中の年号「建文」から一般的に建文帝と呼ばれる。


 
 洪武帝の長子で皇太子であった
   朱標(懿文太子、興宗)
の次男として生まれた。

 生母は朱標の側室・呂氏だった。


 洪武25年(1392年)、父親の朱標が死去したため、皇太孫に立てられた。


 洪武31年(1398年)、祖父の崩御により第2代皇帝に即位した。
 即位後、その地位を確固たるものとするため側近の
   方孝孺
らとともに皇族の力を弱めることを画策した。

 周王・朱橚、斉王・朱榑、代王・朱桂をそれぞれ庶民に落とし、湘王・朱柏を焼身自殺させ、岷王・朱楩を漳州に流刑処分とした。

 
 建文帝にとっての最大の政敵は燕王の朱棣であったため、敵の協力者となるであろう諸王を廃したのは燕王を粛清するための事前準備であったとされる。


 こうした動きに危機感を持った朱棣は、君側の奸である方孝孺らを暗殺して朝廷を靖めると称し、軍を起こした(靖難の変)。

 兵力では燕王軍の数万に対し、南京の官軍は50万超と圧倒的な差があった。


 燕王軍は北のタタール族とたびたび戦ってきた実戦経験豊かな朱棣自身が配下の軍の指揮を取ったのに対し、官軍は洪武帝が有力な部下に皇位を簒奪されるのを恐れ、藍玉ら建国以来の有能な将軍を次々に誅殺していたため有能な将軍を欠いていた。

 凡庸な指揮官の質であったとしても圧倒的な兵力差を覆すには至らず、内乱は長期化した。


 文治政策を重視した建文帝は出陣する将軍に対して叔父殺しの汚名を自身に与えぬようにすることと訓示したり、戦闘中に朱棣が死んだという誤報を信じて将軍を南京に召還するなど戦闘意欲を殺ぐような行動が目立った状態であり、官軍の軍事的な優位は確立しなかった。

 忠誠心を集めることが出来ずに離反者を招く始末だった。


  

 建文5年(1402年)、燕王軍は南京を陥落させた。
 建文帝は先帝の洪武帝から「身の危険があったときに開けるように」と渡された箱を、このとき開けると剃刀と金子が入っていたという伝説があるが、陥落の混乱により行方不明となった。

 ただし、逃亡説は伝説的なものに近く、殺されたか自殺したと考えるのが通説となっている。
 




ひとこと

 中国の王朝の栄枯盛衰で多くの人命が失われ人口崩壊が起きている。
  
 王朝の継続過程でも、権力の移動には多くの暗殺事件が引き起こされており、クーデターもによる抵抗も見られるが、多くは一族郎党皆殺しになっているのが中国や朝鮮の歴史だ。 




     

      
   
   
     
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美濃部 正(みのべ ただし) 艦隊司令部参謀は空中戦を経験しておらず、特攻では敵戦闘機の防御網を突破できない。 そのC


 美濃部は根拠地となった静岡県藤枝基地から見える富士山にちなんでこの部隊を芙蓉部隊と命名した。
 美濃部の実施した訓練は、昼夜逆転生活、夜間洋上航法訓練、座学といずれも夜襲に特化した内容であった。

 
 ただ、1945年2月17日の出撃で美濃部は部下に特攻を指示して、別盃が交わされた。


 本土に来襲する機動部隊に対して用意された未明に索敵機が空母を発見すると、位置を通報した。

 その後、飛行甲板に体当たりして発艦を不能として攻撃力を奪った後、夜明け時に索敵機の知らせた地点に到着した第二波以降が通常攻撃を反復するという戦法だった。


 鞭杲則少尉の記憶では「空母を見つけたら飛行甲板に滑り込め」という命令であった。
 この攻撃では搭載機の破壊、また突入による火災で位置を知らせるという戦法だった。

 どちらにしろ必死の特攻を前提とした体当たりの戦法だった。
 しかし、この時に敵は見つからなかった為、特攻攻撃は事実上実施され無かったという。

 
 彗星を主体にした特攻部隊で消耗があり、同じ彗星装備の芙蓉部隊が
   第二御盾特別攻撃隊
の名称で特攻配置になるという噂が流れた。

 しかし、美濃部はうちの隊から特攻は出さないと隊員に説明し、夜間作戦が出来る人間が少ないので、あとがなくなってしまうと否定して部隊には安心感が漂った。


 美濃部は第三航空艦隊での沖縄戦についての会議に司令代行として参加した。


 艦隊司令部が練習機で特攻をやらせる案を提示した。

 これに対し、末席にいた美濃部は練習機では敵戦闘機の防御網を突破できないと反論した。

 すると司令部参謀は「必死尽忠の士の進撃」を何者がこれをさえぎるかと恫喝し、第一線の少壮士官が何を言うと叱責した。

 しかし、美濃部は
   指揮官や幕僚
が自ら突入しようとしないことと、彼らがろくに空中戦を経験していないことを非難した。

 現場の兵士は誰も死を恐れていませんが、指揮官には死に場所に相応しい戦果を与える義務がありますと反論した。

 たとえ、練習機で特攻しても十重二十重と待ち受けるグラマンに撃墜され、戦果をあげることが出来ないのは明白であった。



 白菊や練習機による特攻を推進なさるなら、ここにいらっしゃる方々が、それに乗って攻撃してみるといいでしょうと主張した。
 私が零戦一機で全部、撃ち落として見せますと言い放った。

 なお、美濃部はこの反対論を述べた際、死刑に処せられることを覚悟していたともいう。 




ひとこと

 参謀本部付の将校が理論戦術をいくら学んだとしても、戦場における対応は地形や気象、兵の鍛錬度、武器の優劣などいろいろな要素の組み合わせで変わるものであり、配置の順番や兵の消耗度が同一条件であれば必ず同じ結果が出るというものではない。

 実戦は経験と知識を保有して戦況を読み解く力がなければ勝利することは難しく、運を天に任せるといった類でしかなくなってしまう。



  
    

       
   
   
      
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「抗日戦争勝利70周年」記念硬貨を発売



 チャイナフォトプレスは中国四川省成都市で、
   「中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利70周年」
の記念硬貨を求める市民が、銀行前に長蛇の列を作ったと伝えた。 




ひとこと

 世界反ファシズム戦争勝利70周年といった表現だが、人民解放軍や国民党軍はファシズム的な思想を内部に持っているのではないのか?




  
    
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中国春秋グループが日本でホテル事業に進出


 中国国際放送局日本語版は中国の格安航空会社(LCC)の春秋航空を傘下に持つ
   春秋グループ
が28日、日本の
   サンフロンティア不動産
と業務提携し、日本でホテル事業に進出することを発表したと伝えた。

 第1弾として、来年初旬に向け、名古屋での1号店を目指しながら、今後3〜5年間に200億円を投資し、日本の主な観光都市で、「春秋・サンフロンティ ア」ブランドのホテルチェーンを展開する方針という。


 「東洋の風情、日本式の体験」を看板に、ターゲットをアジアからの観光客に置き、サービスを提供する予定。


 春秋グループは5年前から日本に進出している。
 2012年に春秋航空日本株式会社を発足させ、これまでに、上海と茨城、高松、佐賀、新千歳、大阪、名古屋、旭 川、羽田を結ぶ航空路線を相次いで開設した。

 2014年8月には成田空港を核とした日本国内便の運行も始めた。

 今年、春秋航空を利用して中国と日本を行き来 する人は120万人に達する見込み。






ひとこと

 中国系企業が日本でのサービスの水準が維持できるかどうかだろう。
 従事する日本人の質を揃えた確保は難しい。

 低賃金もそろそろ終焉になり、賃金を引き上げたとしても「よき人材」を確保することはサービス業界では困難となりつつある。






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旅行誌の読者が選ぶ最高の都市は、イタリア・フィレンツェ

 
 
 

 
 米旅行情報誌「コンデナスト・トラベラー(Conde Nast Traveler)」の読者12万8000人以上の投票による毎年恒例の「リーダーズ・チョイス賞」が先週、発表された。

 今年で28回目となる同賞では「世界で最高のホテル」にアフリカ・タンザニアのセレンゲティ国立公園(Serengeti National Park)シンギタ動物保護区(Singita Grumeti Reserves)内にあるサファリロッジが、「最高の大型クルーズ船」にはディズニー(Disney)のクルーズ船、「最高の島」にフィリピンのパラワン(Palawan)島、「最高の都市」にイタリア・フィレンツェ(Florence)がそれぞれ選ばれた。

 また「最高の米国の航空会社」には格安航空会社ヴァージン・アメリカ(Virgin America)が、「最高の米国のホテル」に高級ホテル「ウォルドーフ・アストリア・シカゴ(Waldorf Astoria Chicago)が選ばれた。

「最高の国際航空会社」に選ばれたのはシンガポール航空(Singapore Airlines)だった。

 
 
 
 
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彗星に大量の酸素を発見、「大きな驚き」 太陽系形成の通説覆す?

 
 

 
 欧州宇宙機関(ESA)の無人探査機「ロゼッタ(Rosetta)」を伴い8月に太陽に接近通過した彗星(すいせい)に、予想外の大量の酸素が存在することが分かったとの研究結果が28日、発表された。

 米ミシガン大学(University of Michigan)の科学者、アンドレ・ビーラー(Andre Bieler)氏は、今回の発見は「大きな驚き」であり、太陽系形成に関する通説を覆すものだと述べている。

 観測データは、67P/チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星(67P/Churyumov-Gerasimenko)を取り巻くガス中の酸素分子(O2)が、彗星が形成される「以前か、その最中」に存在していたことを示唆していると、ビーラー氏は記者団に語った。「この酸素は始原的、つまり太陽系より古いものと考えられる」という。

 これは、約46億年前の太陽系形成にかかわる化学に関する人類の理解に影響を及ぼすかもしれない。これまでの説では、67Pなどの彗星上にO2は存在しないはずだとされていた。

 通説では、生まれたての太陽系は混沌とした状態にあり、天体同士の衝突によってまき散らされた物質が、形成されたばかりの太陽に近づいたり、離れたりしながら漂っていたとされていた。酸素を含む原始の氷の粒はこのような荒々しい環境には耐えられなかったとされ、太陽系形成の過程はこれまで考えられていたよりも「穏やか」だったと推測できると、研究チームは述べている。

 今回の発見に関する英科学誌ネイチャー(Nature)掲載の研究論文の共同執筆者、スイス・ベルン大学(University of Bern)のキャスリン・アルトウェッグ(Kathrin Altwegg)氏は、O2は他の元素と非常に容易に結合するため、「酸素が(原始の状態で)数十億年間も『生き残る』ことができるとは思ってもみなかった」と話す。

「酸素が太古の物質であることを示すこの証拠により、太陽系形成に関する理論モデルの一部の信頼性が揺るがされる可能性が高い」とアルトウェッグ氏は指摘した。 
 
 
  
 
ひとこと
 
 予想は所詮予想であり実際のものとは異なる結果や状態といったこともある。
 予想できる以外にもいろいろあるのが宇宙だろう。
 
 
 
    
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心臓外科手術からの回復、既婚者の方が生存率高い

 
 

 
 心臓外科手術からの回復では、離婚や離別、死別した人より既婚者のほうが生存率が高いとする研究論文が28日、米国の研究者らによって発表された。

 米国医師会雑誌(Journal of the American Medical Association、JAMA)に発表された研究論文は、1500人以上のデータを対象に作成された。
 
 データの内訳は、既婚者が全体の3分の2、離婚や離別した人が12%、死別した人が21%、一度も結婚したことのない人が2%だった。
 
 
 研究によると、外科手術を受ける前の健康状態でも、既婚者の方が良い傾向にあり、また術後の死亡率や別の機能障害が起きる可能性についても配偶者の有無と密接な関係にあったという。

 心臓手術後の最初の2年間で死や新たな機能障害が起きる確率は、離婚、離別、死別した人の方が、既婚者より約40%高かった。
 
 
 術後に死亡、もしくは新たに機能障害を起こした人は、既婚者の19%だったのに対し、離婚者は29%、死別者は34%だった。
 
 また、一度も結婚したことがない人の5人に1人が死亡、もしくは着替えや歩行、食事などの日常生活に支障が出るような合併症を経験していた。 
 
  
 
 
ひとこと
 
 新たな機能障害が起こらないような励まし等が看病などを通して人の頭や体の中に残るのだろう。
 手を患部などに充てる「手当」だけでも安心感などが生まれ、治癒力が増すことも知られている。
 
 
 
 
   
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