2019年02月09日

国の借金の増加より、国の資産の増加の方が大きい。


 財務省は国債と借入金、それに政府短期証券を合わせたいわゆる「国の借金」が、去年の年末の時点で1100兆円を超え、過去最大を更新したことを明らかにした。
 
 3か月前の去年9月末より8兆7000億円余り増えて過去最大を更新し、初めて1100兆円を超えており、日本の総人口で割ると1人当たり871万円となる。 
 
 これは高齢化で増え続ける医療費など欧米と比較し無分別な医薬品の使用が目に余る医療機関などへの支払いや介護施設など増殖する補助金への税金投入などが含まれる社会保障費などが背景にある。
 
 また、モノやサービスなどへの付加価値の率が低いのは、意図的に日本人の労働生産性を低くする目論見が欧米国際資本の指示を受け入れてた日銀や政府の低金利政策や円安誘導の影響がある。
 
 働き方改革は必要だが、視点を変える必要がある。
 年金支給額は無税にすべきであり、働いて収入がある場合の減額はすべきではない。
 そもそも、国の借金の増加抑制で実施している医療分野の取り組みが間違っている。
 介護施設への補助金や助成金が経営基盤の悪さや利用客の偏在などで砂に水を撒くごとく毎年消えており税金の無駄使いだ。
 
 健康年齢が増えないのも、抗生物質の使用が放置され、健康診断における個人の身長や体重、筋肉のつき方など体格に関係なく胴回りを一律した評価などで血圧を低くする薬などの使用が広がるなどの影響で体の体力低下や脳への栄養分や酸素の供給が低下してアルツハイマーや痴呆症が増加し、医療・介護分野での費用が膨らんでいるともいわれている。
 
 
 「国の借金」の原因を新たな借金に当たる国債の発行などで補っているとの報道を国際資本の影響下にあるマスコミが垂れ流すだけで、「国の保有する資産」の増加を報道すらしていないのが一番の問題だろう。
 
 「国の借金」を減らす手法では年金を使って保有している資産を増やす取り組みが重要だが、安直に安易な社会保険料や消費税率の引き上げをマスコミを利用して国民の意識に刷り込む手法が取られ、インタビューも国民の間に高齢者を敵視する様な対立軸をマスコミ報道を繰り返すことで作り上げている。
 
 マスコミの中でも公共放送は集めた受信料の支払先である関連企業が保有する資産を湯水のごとく使う仕組みが問題で、スクランブル放送に切り替えれば、年間600億円程度使用している未加入、未払い世帯への加入促進費用が不要になる点などを放置してやりたい放題にさせており、財政改革で消費税を引き上げる前にNHKや関連会社を民営化して金融市場で株式を売って国庫に入れる取り組みをすべきだろう。
 
 そもそも、関連企業に個人情報を流すという情報漏えいが繰り返されているのが問題であり、こうした点を問題視しない海外国際資本の影響下にある与野党政治家が国家財政の悪化の元凶ともいえる。
 
 そもそも、過去に貯めこんだ年金などを利用した日本政府が保有する海外資産やの資産の額の増加があり、借金が増えているものの資産も増えている現実を、消費税増税という結論ありきで資産の増加を報道すらし無い悪意ある報道で日本国民に意識をさせない洗脳が行われているとも言える。
 日本政府は新年度予算案で、国債を32兆6000億円余り、新たに発行する。
 財政健全化では定期健康診断御評価で高血圧患者を作為的に増加させ、血圧低下の薬を与え、不健康な国民を意図的に不やすといった行為で将来、血液の送り出しが弱まり脳に酸素や栄養分が供給される量を減らすことで生じる痴呆症などの増加で病院や介護施設の利用が増えるといった悪意ある循環を止めることが最重要な取り組みだろう。
 
 癌の増加も抗生物質の多用で耐久力が低下してしまうことが要因とも言われている。
 
 そもそも、健康な人でもガン細胞はいくらでもあり、コントロールが効いてガン細胞が暴走いないだけだ。
 
 政治家が国家予算に集る構造が背景にあり、国会議員の数を米国議会を模範とすれば半数でもおつりがくる。
 無能で議会会議場でも携帯をいじるような国会議員などを選ぶ必要はなく、消費税を上げたければ先に国会議員の数を半減する立法案を出すべきだ。
 
   
   
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東人(とうじん 동인)


東人(とうじん 동인)

 李氏朝鮮時代の官僚の派閥の一つ。 
 中小の地主が基盤になっている新興官僚の一派「士林派」を源流とした組織。
 地主階級の両班が中心の「勲旧派」に対抗し。

 士林派が、1567年、李氏朝鮮時代の第14代国王宣祖の即位により士林派政権を樹立する事に成功した。
 その後、1575年に官職の任官権を巡り士林派の
   沈義謙
   金孝元
の両派による党内闘争が始まった。

 金孝元派の領袖が漢陽(ソウル)の東側に住んでいたので東人と呼ばれた。
 この党争は、朱子学の解釈の違いにまで及んだ。

 東人は、趙光祖の弟子の一人
   李滉(退渓)
の学説を支持する主理派(朱子学の中で、宇宙の成り立ちの根元の気と理の内、理を本質的なものとして考える学派)が多かった。
 これに相反する沈義謙派の事を西人と呼び区別した。

 東人と西人の対立が始まった当時の大司憲の李珥は、金孝元、沈義謙の双方を地方に追放したうえ、東人の領袖の座に鄭仁弘を据えた。

 1584年、李珥が亡くなると権益を広げるチャンスとなり本格的な党争が始まった。
 東人が多くの利権を確保して政権を掌握していたものの、西人から東人へ寝返った
   鄭汝立
の謀叛事件で宣祖に疑惑を持たれ、西人に政権を奪われることとなった。

 しかし、1591年に西人が世子冊封の問題で失脚すると東人が政権を奪い取った。
 東人は西人の大規模な粛清を始めたがその権益の分配の過程で、南人と北人に分裂していった。

   
   
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