2015年07月15日

ワリャーグの艦旗を、仁川市が市指定の有形文化財に指定することを検討


 韓国・聯合ニュースによると、日露戦争当時に沈没したロシア帝国海軍の防護巡洋艦(Бронепалубный крейсер)
   ワリャーグ
の艦旗を、仁川市が市指定の有形文化財に指定することを検討しているという。



   

  
 

 仁川市は14日、仁川市立博物館が保有している遺物の中でワリャーグの艦旗を含む11点を文化財指定審議対象に選定したと明らかにした。

 仁川市は8月12日まで市民の意見を聴取し、8月末に文化財審議委員会を開いて、文化財に指定するか決定する方針という。



 ワリャーグ旗はこの軍艦にかかっていた旗で、横257センチ、縦200センチの大きさという。


 ワリャーグは1904年2月9日、仁川沖で日本艦隊との戦いを繰り広げたものの、日本海軍の攻撃を受けて大破し戦闘能力が低下したため逃げたが逃げ切れず、艦長のフセヴォロド・ルードネフは降伏せずに自爆を選択した。


 ただ、1905年 8月8日に日本海軍はワリャーグを浮揚させ、8月22日に日本海軍の艦籍に編入し二等巡洋艦「宗谷」となった。
 浮揚の際、この旗を日本帝国海軍が回収し仁川郷土館に保管された。

 その後、1946年に開館した仁川市立博物館に引き継がれ現在に至っている。



 なお、ワリャーグは1916年にウラジオストックでロシアに返還され、ロシアでワリャーグは祖国への忠誠と犠牲の象徴とされているという。 




ひとこと

 自沈したロシアの軍艦「ワリャーグ」という艦名は、旧ソ連ではウクライナで空母として建造され途中で資金不足から中止され、ウクライナ港に係留されて放置された艦船に名づけられている。



   


 この空母を鉄屑として中国人民解放軍が購入して、10年近く掛かって建造したのがポンコツ空母「遼寧」である。重量の重い戦闘機を飛行させるためには最大航行速度に近い状態で飛ばす必要があるが、戦闘機の装備は取り除いたうえでの話だ。

 実戦向きでもない広告用の空母では、実際の戦いになれば短期間で海の中に入ることになり魚の住処を作ることだろう。




  
    

 




  
posted by manekineco at 06:05| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース・話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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