2018年10月09日

三韓征伐(さんかんせいばつ)


  
 日本武尊命の息子で第14代天皇
   仲哀天皇
の皇后
   神功皇后(じんぐうこうごう)
が新羅出兵を行い、馬韓(後の百済)・弁韓(後の任那・加羅)・辰韓(後の新羅)の三韓を攻略したことを示しているが、高句麗を含まない朝鮮半島南部地域を服属下においたとされる戦争のこと。
 
 神功皇后は、応神天皇の母として知られ、朝鮮や中国の歴史書にも関連する記事がある。
 
 新羅が降伏した後、三韓の残り二国(百済、高句麗)も相次いで日本の支配下に入ったとされる。
 
 ただ、直接の戦闘が記されているのは対新羅戦だけであり新羅征伐とも呼ばれる。
 
 日本書紀の紀年論にみられるごとく年代はいまだ確定していない。そのため、神功皇后の活躍、三韓征伐のあった年代および、その史実の妥当性についての研究が続いている。
 
 倭国が新羅をはじめ朝鮮半島に侵攻した記録は、朝鮮の史書「三国史記」新羅本紀や高句麗における
   広開土王碑文
などにも記されており、2011年には新羅が倭の朝貢国であったと記されている
   梁職貢図
が新たに発見された。
 
   


   
posted by manekineco at 00:00| Comment(0) | 語彙・語句・ことわざ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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