2019年02月09日

東人(とうじん 동인)


東人(とうじん 동인)

 李氏朝鮮時代の官僚の派閥の一つ。 
 中小の地主が基盤になっている新興官僚の一派「士林派」を源流とした組織。
 地主階級の両班が中心の「勲旧派」に対抗し。

 士林派が、1567年、李氏朝鮮時代の第14代国王宣祖の即位により士林派政権を樹立する事に成功した。
 その後、1575年に官職の任官権を巡り士林派の
   沈義謙
   金孝元
の両派による党内闘争が始まった。

 金孝元派の領袖が漢陽(ソウル)の東側に住んでいたので東人と呼ばれた。
 この党争は、朱子学の解釈の違いにまで及んだ。

 東人は、趙光祖の弟子の一人
   李滉(退渓)
の学説を支持する主理派(朱子学の中で、宇宙の成り立ちの根元の気と理の内、理を本質的なものとして考える学派)が多かった。
 これに相反する沈義謙派の事を西人と呼び区別した。

 東人と西人の対立が始まった当時の大司憲の李珥は、金孝元、沈義謙の双方を地方に追放したうえ、東人の領袖の座に鄭仁弘を据えた。

 1584年、李珥が亡くなると権益を広げるチャンスとなり本格的な党争が始まった。
 東人が多くの利権を確保して政権を掌握していたものの、西人から東人へ寝返った
   鄭汝立
の謀叛事件で宣祖に疑惑を持たれ、西人に政権を奪われることとなった。

 しかし、1591年に西人が世子冊封の問題で失脚すると東人が政権を奪い取った。
 東人は西人の大規模な粛清を始めたがその権益の分配の過程で、南人と北人に分裂していった。

   
   
posted by manekineco at 00:00| Comment(0) | 語彙・語句・ことわざ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。