2025年07月01日

七年戦争(1756年から1763年) 主にヨーロッパで戦われた列強間の紛争

 七年戦争は、1756年から1763年にかけて主にヨーロッパで戦われた列強間の紛争であり、北米と南アジアでも重要な軍事作戦が展開された。
 主な交戦国となったのはイギリスとプロイセンで、フランスとオーストリアはそれぞれポルトガル、スペイン、ザクセン、スウェーデン、ロシアなどの国々から支援を受けていた。
 関連する紛争には、
   第三次シュレージエン戦争
   フレンチ・インディアン戦争
   第三次カルナータカ戦争
   英西戦争(1762〜1763年)
   スペイン・ポルトガル戦争
などがある。
 オーストリア継承戦争は1748年の
   アーヘン条約
で終結したが、調印国はいずれもその条件に満足しておらず、一時的な休戦とみなされていた。
 この戦争は外交革命と呼ばれる戦略的再編につながり、オーストリアとフランスの長期続いた対立関係に終止符を打った。
 両者はヴェルサイユ条約(1756年)に調印した後イギリスに宣戦布告し、1757年の2度目の協定でプロイセンが参戦した。
 1762年、スペインはフランスと同盟を結び、ポルトガル侵攻に失敗して、ハバナとマニラをイギリスに奪われた。
 これらはパリ条約(1763年)によって返還されたが、フランスは北アメリカの領土を失った。
 また、イギリスはインドにおける商業的優位を確立した。
 ヨーロッパにおける紛争は、オーストリア帝国により、プロイセン領となっていたシュレージエン地方の奪還の試みを中心とし、1763年のフーベルトゥスブルク条約で終結した。
 この条約により、プロイセンが18世紀初頭において人口が多く、経済も繁栄した地域になっていたシュレージエン占領とその大国としての地位を確立した。
 ドイツ国内におけるオーストリアの支配権が脅かされ、ヨーロッパの勢力均衡が変わった。

      
posted by manekineco at 06:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 語彙・語句・ことわざ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック